連なる波 響きあう声
観音様への祈り、町衆の自治への自負、子供歌舞伎を継ぎ続ける曳山祭の熱狂など、湖北には、日本が失ないかけている光景が残る。「旅考長濱」は、近江ARSの湖北メンバーが、松岡正剛氏とともに、土地と人と湖に積もっていた歴史をひらき、新たな日本の方法を見出そうとはじまった旅だ。
琵琶湖の北端に位置する東西のつなぎ目として、長い間、人・物・金の流れを支え、鉄道開通、繊維の大量生産で先陣をきってきた長浜。最近では、長浜城、黒壁スクエア、竹生島など豊かな人工遺産と自然とをめあてに多くの人々が足を運ぶ。ここには、町衆たちが世代を超えてつなぎとめてきた日常と文化の層がある。
長浜の町衆が総出でつくる曳山祭は、土地と人の力が結集する節目となる。「同心の人々とこの日かぎりの場をと共にして、心の漣(さざなみ)を揺らしたい」。2025年春、エンターテインメントや観光に留まらない、長浜という土地と長浜に集う人々のもつ可能性に向かいたいと、長浜まちづくり会社の竹村光雄(近江ARS)が、新たな一幕をひらいた。
◆湖辺の野掛
日本各地から多士済々が長浜に集った。小雨と強風のなか、琵琶湖岸での対面が果たされた。漣の音としめやかな風をあびながら、この土地の位置を身体ごとで感じる。
霧の向こう岸には、比良山系が控える。湖岸を南に下れば、三井寺、逢坂の関、そして、京都祇園だ。
青々とした香りが満ちる北国街道入り口の町家を改装したBWAKO PICNIC BASEでの茶席。三井寺の福家俊孝(近江ARS)が、朝に寺の山中で摘んできた茶葉を炒ることからはじまる。瑞々しさから艶やかさへと装いを変えた茶葉にお湯が注がれ、口に含むと、身体全体が馥郁とした香りで満ちる。叶 匠寿庵の芝田冬樹(近江ARS)が用意したお菓子は「不風流草の露(ぶふうりゅうくさのつゆ)」。大葉を練り込んだ葛の中にこし餡が閉じ込められた爽やかな粽だ。菓名は、禅語の「不風流處也風流」にあやかったものだ。決して雅やか(風流)ではないが、その不風流こそが風流である。
茶葉の水分量の変化を手で感じながら時間をかけて丁寧に炒っていく。
場所を安藤家へと移し、第二幕へ。安藤家は、秀吉に長浜の自治を委ねられた長浜十人衆として、代々、町の文化と経済の発展に力を尽くした。1905年(明治38年)、12代目の安藤與惣次郎が北国街道沿いに10年余りの年月をかけて建てた近代和風建築だ。離れの「小蘭亭」は、安藤家から内装の一切を託された北大路魯山人の渾身の編集が尽くされている。当時の目撃者のような学芸員の横谷賢一郎(近江ARS)の魯山人語りに一同が聴き入った。
大広間に横谷賢一郎が設えたのは、山中信天翁の『月夜重畳山水図』。 聳える山裾の渓流に浮御堂型の書屋が並ぶ。
魯山人は、中国の書聖・王義之が「蘭亭曲水の序」を書いたと言われる蘭亭にあやかり、離れを「小蘭亭」と名づけた。
小蘭亭の入り口の扉には、魯山人が臨書した「蘭亭曲水の序」が篆刻されている。
「琵琶湖五味五食五法」。琵琶湖の岩床鯰、小鮎、本もろこ、ニゴロ鮒、琵琶マスを五味(辛、甘、苦、酸、塩)と技(方法)とで調理。
湖北の山の恵みの猪肉。肉厚な脂身。
山椒とウドと味噌と合わさって、さっぱりと香ばしいしゃぶしゃぶに変身した猪肉。
メインは「橋場牛の炭火焼き」。北山シェフの故郷、金居原の古老がつくる良質な竹炭「金改炭」を使って炙った。
ご飯は、木ノ本を流れる杉野川の谷水だけで栽培したコシヒカリ。丁寧に説明する北山シェフ。
祭囃子と雨音がBGMとなって会話を弾ませる。
◆奉る声、送る声
春の宵を雨と闇が包むと、クライマックスの第三幕だ。一同で、御旅所へと出向く。雨に負けぬ子ども歌舞伎の堂々たる声と演技に魅入る。
待ちに待った歌舞伎に思わず笑みがこぼれる。
冷たい雨が降るなか、「長浜」にこだわりぬいた一日が終わる。ふだんは会えない景色が次々とあらわれ、過ごしていくうちに、いつしか招いた者と招かれたものとが入り混じる。始めて過ごす土地なのに何となく懐かしさを感じたり、賑やかななかにふいに寂しさがよぎったり、楽しさのなかに失ってしまったものを思い起こしたりもする。長浜を通して別世界を共に感じあった同志たちは、それぞれの土地へと還っていった。日本の土地と人のもつ新たな可能性に向かって、旅考長濱は続く。
「旅考長濱 春の曳山安藤家席」
◎仕立て衆
竹村光雄 潜描
北山英樹 板掛
冨田泰伸 滴醸
福家俊孝 調養
ひかる 音結
中山雅文 招洸
和泉佳奈子 慮眼
福家俊彦 傳
芝田冬樹 纏
川戸良幸 亘
◎提供
茶 三井寺園城寺
食 Root
酒 冨田酒造有限会社
米 宮前英之
網 嶋田義晴・はつ子
◎撮影
studio ARU
◎記事
阿曽祐子
◎企画
長浜まちづくり株式会社
◎主催
近江ARS
◎協賛
中山倉庫株式会社
◎監修
株式会社百間