近江ARS TOKYO「別日本があったって、いい。――仏はどこに、おわします?」のダイジェスト(2)

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光と技を継いでいく

 
舞台の奥から一筋の光が差し込む。白い衣装に身を包んだドラァグクイーンのドリアン・ロロブリジーダ氏がこちらに向かってくる。全身で伸びやかに歌いあげた第二部の幕開け。ピアノ演奏は、松岡正剛事務所の上杉公志だ。ドリアン氏は、ひと月ほど前に、初めて近江を訪れ、oneanotheranotherの矜持がそこかしこ滲み出していることに心が動かされたという。社会が迫る男女の枠組みすら超えていこうとするドリアン氏と松岡、同志のような二人の会話に、さらなる共演を期待して大きな拍手が贈られた。
ドリアン氏と松岡が最初に会ったときには、共に敬愛するスーザン・ソンタグの「キャンプ」論で盛りあがったという。

 

三井寺長吏、福家俊彦(近江ARS)が再び舞台にあがった。近江ARSの柱の一つである仏教の本来を改めて見つめたいと、4人の多彩で強力な応援団を舞台に呼び込んだ。仏教学者の末木文美士氏、日本学研究者の佐藤弘夫氏、女子学研究者の米澤泉氏、石山寺の座主鷲尾龍華(近江ARS)だ。

石川淳やジュリア・クリステヴァを引いて、仏教においても、人生においても、言葉が大切であると、福家が力をこめる。

 

「還生の会」で何度も登壇してきた末木氏は、あらためて「言葉」の限界と可能性をとりあげた。言葉の奥には、幾層もの意味やイメージが蠢いていて、ひとときも止まることはない。還生の会での末木氏の語りは、決して言葉のみに留まってはこなかった。言葉と向き合うからこそ、編み出されたスタイルなのであろう。次の還生の会での再会を誓って語りを終えた。

還生の会では恒例の末木氏と松岡の掛け合い。今回も二人で対話しながら、言葉の裏に潜む想いや意図を示した。

 

佐藤弘夫氏は、鎌倉時代に描かれた疫病神の絵を見せ、神、仏、死者、草木、石、そして、人間、無数の存在が関係と秩序を保ちながら生きると捉える日本人の自然観・世界観を紹介した。疫病のような災いは、その秩序の破綻をあらわす。今こそ見えない存在の声に注目すべきではないかと、呼びかけた。

現代は声の届かない時代。コロナウィルスの声はもちろん、人の声すらも聴けなくなっていると話す佐藤氏。

 

 

米澤氏曰く、すでに「サブカルのど真ん中に仏がおわします」なのだ。いとうせいこう氏とみうらじゅん氏の『見仏記』、『国宝 阿修羅展』の人気、最近のAdoKing Gnuの音楽。共通するのは、仏教に対して、信仰や鑑賞の対象としてではない「別」な見方をしていること。現在の日本の閉塞を破る力を仏教が持つと確信している。

米澤氏は、毎回「還生の会」に参加。仏教を軸に文化・芸術・政治・経済など多角的に現代社会を考える機会になっている。

 

桃色の法衣に身を包んだ鷲尾が、咲き終わった後に乾燥させた蓮の花を慈しむように脇に携えた。どのような花も散るようにモノゴトは移り変わる。祈りは現実と乖離した空想などではない。まず祈ることによって、眼前の現実、震災のような災いすらも、新たな見方を帯びることができるのだ。

散ってしまった跡を留める蓮の姿に、かえって仏の姿を感じるという鷲尾。「祈りこそが私にとって現実」と言いきった。

 

 

名残惜しむように4人との対談を終えた福家の後、松岡が「もっとも異色なゲスト」とステージに呼んだのが、元外交官の佐藤優氏だ。「最近、松岡さんを追いかけている」という意外な自白から始めた佐藤優氏の鋭い目と声に会場中が注目する。唐突に、この場に集った全員に「責任がある」と迫った。「今日は松岡正剛による命がけの仕事」。「この場に立ちあったならば、松岡正剛の光をつかんで継ぐ責任を担うべき」と静かな覚悟を会場中に漲らせた。

松岡が「何を話すか検討がつかない」と紹介した通り、佐藤氏によって超高速で超法規な15分間が生み出された。

 

佐藤氏と同様に鋭い眼差しの左官職人、挟土秀平氏が舞台にあがった。東北地方で12年かけて修復したという土蔵を紹介し、現在の日本の文化財制度のもとでは、多くの土蔵が修復と維持が叶わずに壊されていくと警鐘を鳴らした。地域によって表情を豊かに変えるのが日本の漆喰の魅力という。近江には、幻と言われる「江州白(ごうしゅうじろ)」という土がある。得も言われぬというその白色で座敷を造ることを約束して、語りを締めくくった。

石灰と海藻と麻でつくる漆喰は、土地によって表情が変わる。漆喰で「日本」を語りなおすことから、挟土氏の話が始まった。
 

最後の登壇者は、仏師の加藤巍山氏だ。松岡と加藤氏が対面するのは、この日が初めて。「人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」。加藤氏が、この言葉を舞台上で嚙みしめる。目指していたミュージシャンを諦めざるを得なくなった若かりし頃、松岡の『いろは歌』への考察を読んで、日本の美に目が開き、仏師の道を歩むことになったという。やっと果たせた出会いなのだ。自らに課した宗教、民族、言語、国家を超えた祈りの場づくりという使命を語った後、「セイゴオさんの命のバトンを加藤が引き受け、形にして残していきます」と硬い握手を交わしあった。

『別日本で、いい。』に現代アートを入れたいと考えた松岡が、作家を見ずに選んだのが加藤氏の作品『道標』だった。
 

「どうしても」と請われた陶芸家の樂直入氏が松岡の向かいに立った。二人の間に言葉とともに深い時間が流れる。樂家に生まれ、家を継ぐことを所与とされた樂氏は、「別をいく」と周りに言い続けてきた。そんな樂氏にとって、松岡は人生のナビゲーターであり続けてきたという。松岡にとっても、樂氏は特別な「技の人」だ。「偶然を必然にしているすべてが僕にとっての技」なのだという。この瞬間、この日に登場したすべての人の姿が松岡の胸中に去来したのだろう。松岡が誰にともなく深々と頭を下げた。

二人の出会いは40年近く前。土、土、水、火、風について話した。以来、楽氏は松岡の言葉の深さを追いかけてきた。
 

最後に、松岡と和泉、そして、近江ARSメンバー全員が登壇した。少年のように栗の巨木の切り株に入り込んだ松岡とともに、ここまでの感謝とここからはじまるもう一つの近江ARSに、メンバー一同が身を引き締めた。

近江ARS TOKYOの本番に向けて、半年前から近江ARSのメンバーが準備をしてきた。

 

ホールを出た客人たちに、冨田酒造の甘酒と銘酒『七本槍』が振舞われた。この日の何かを継ぐことを確認しあうかのように人々が言葉を交わしあう。近江の土が育んだ米とこの日先行販売された『別日本で、いい。』(松岡正剛編著)を手にして、それぞれの場所へと還っていった。

復刻した滋賀の在来種「滋賀旭」でつくった『七本槍 無有』。滋賀の土地が育んだ米が、透明感ある味わいを醸す。

 

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近江ARS TOKYO「別日本があったって、いい。――仏はどこに、おわします?」
日時:2024年4月29日(月・祝)13:30-17:30
会場:草月ホール(東京都港区赤坂)

◎出演
松岡正剛 福家俊彦 末木文美士 本條秀太郎 田中優子
小堀宗実 ドリアン・ ロロブリジーダ 稻田宗哉 加藤巍山  
佐藤弘夫 挾土秀平 佐藤優 米澤 泉 鷲尾龍華
樂直入  和泉佳奈子         
小堀宗翔 本條秀慈郎 森山未來 (映像出演)  
   

◎主催|近江ARS                            
◎後援|滋賀県  

◎企画|HYAKKEN、EDITHON    
◎進行|ポマト・プロ、三浦ニュールーム
◎振舞|叶 匠壽庵、冨田酒造、CROWD ROASTER
◎室礼|三井寺、石山寺、六角屋、丸三ハシモト 

◎表方|長浜まちづくり                    
◎裏方|中山倉庫、中山事務所      

◎空間|中村碧            
◎デザイン|佐伯亮介    
◎編集|広本旅人  

◎映像|MESS

◎音楽|kengoshimiz        

◎中継|横谷賢一郎          
◎伴奏|上杉公志

◎記事作成|阿曽祐子

◎協力|松岡正剛事務所、編集工学研究所  
◎プロデュース|百間

 

※映像を販売しています。ご購入希望の方はこちらをご確認ください。
HYAKKEN MARKET 近江ARS TOKYO【第1部】映像
https://hyakkenmarket.jp/products/detail/43
HYAKKEN MARKET 近江ARS TOKYO【第2部】映像
https://hyakkenmarket.jp/products/detail/44

 

 

 

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